• nqc29548

仰ぐ視線

更新日:2月20日

こんにち、お寺でもイス席が普通になった。

生活様式が変化したのであって、抗えない。

老いも若きもイスの生活なのだから、

参詣を受け容れる側としてもイスを用意せずにはいられない。


いかにも「仕方なし」という書き方だが、

私も日ごろ、自分だけのお勤めでイスに座ってしまっている。

やっぱり足が楽なのだ。


本当は正座した方が気持ちも落ち着き、腹も据わって声が出やすい。

イスに腰かけてしまうと宙ぶらりんな気持ちと声になる。


経机や鳴り物も高さを変える必要があるし、

あらゆるお作法が正座で行うように躾けられてきたことばかりだ。


一番問題なのは、仏さまに向ける視線が床とほぼ平行線になることなのだ。

仏像は、こちらが低い位置から拝む時に、もっとも慈悲深いお顔をしてくださっている。


この数日は足が寒いこともあって、畳に座している。

イスでお参りしていては、ご尊顔をありがたく拝めていないんだなと深刻に思った。


それに伴って高慢な私になっているはずだと思う。

己を低くして拝む姿勢がなければ、尊いものを頂戴できなくなるからだ。


やっぱり、できるだけ地べたに座ってお勤めをしようと思う。



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