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動機づけ

最終更新: 6月5日

 増築中の庫裡に書庫を切らせてもらえたので、本棚を整理しながら懐かしい手製の冊子を手にとりました。高校時代に歴史研究部で作った三国志の冊子です。

 三国志は、2世紀末~3世紀末ごろの中国。後漢王朝末期の動乱で群雄が割拠し、魏・蜀・呉の三国に分裂して覇権を争い、魏から移行した西晋によって統一されるまでの歴史で、曹操・劉備・孫権をはじめとするキラ星の如き英雄たちが活躍する人間譚です。


 中学生のころ、急に内向的になり、昼夜逆転の生活をし、ふらふらで学校も出席するのがやっと。将来は坊さん?と漠然とし、寺の手伝いも怠りがちになった私は完全に糸の切れた凧。精神的な危機でした。


 そのころ、コンピューターゲームから「三国志」ブームが到来していました。関連小説、研究本、雑誌を求めて、特集のテレビは必ず見ました。その知識・興味の偏りは、完全なオタクでした。


 高校へ進み、その3年間にも三国志を読みあさり、友人に請われて概要を冊子にまとめたことがきっかけとなり、さらに大幅に加筆した大部のものをクラブで研究冊子として作成したのでした。冊子は文化祭の展示で配布し、顧問が県下全高校の歴史科教諭宛てに発送くださり、校内の全先生方にも配布くださいました。


 内容は、それまで読んだ書籍をまとめただけの稚拙なものではありましたが、私は三国志を通じて難解な漢字に親しみ、故事成語を知り、中国の地名、人名、官職、制度、年代、全体的な歴史・思想、漢文・漢詩などに触れられましたし、文章を添削してまとめる作業などが、その後、大学で仏教を学ぶ上でも、どれだけ力になったか分かりません。

 


 大学4回生時、教育実習の依頼で母校を訪ねた時、たまたま担当になった教諭が薄ら笑いを浮かべながら、「かつて三国志の冊子を作って騒がれたらしいけど、地理歴史科は三国志だけじゃないからね」と、明らかに小ばかにして嫌味を仰られたことがありました。

 それはショックというより、当たり前やんけという反感と、それでもあんたは教育者か?という反骨心しか沸かなかった私は未熟者ですが、今もってその感想は改まりません。


 三国志に熱中したことが、サナギのまま息絶えるところだった私を脱皮させた要因なのです。ふさぎ込んだ中、一つのことに興味を持って夢中になることで活力を得た。それこそが学ぶことの意味、生きることの原点でしょう。それを腐したこの教諭は仕事で何を教えていたのでしょう。私の血肉である宝物はそんなチンケな台詞でビクともしませんでしたが。


 博識は単なる知識のクズ山に過ぎず、それを内面においてどう体系化しているかが本当の価値です。意欲のない学びや知識は人に生きる意味を与えないのです。

  

 結局、実習には行かなかったので、その教諭とのご縁はそこで終わりました。


 今の私は、どれだけお念仏の教えを通じて人を惹きつけられているのか。

 自分の偏見でちょっとした信心の芽生えを摘んでしまっていないだろうかと背中が凍る思いもします。

 今となっては恥ずかしく、懐かしいばかりのその冊子を新しい本棚に納めたのです。

              (高校時代に作った冊子)

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