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それでもプロか? その2

  • 執筆者の写真: 中村法秀
    中村法秀
  • 1月14日
  • 読了時間: 4分

更新日:1月16日


ある信徒さんが西光院を訪ねてこられた。

予定よりも時間が懸かったとおっしゃる。

JR高田駅から乗ったタクシーの運転手が竹内の西光院を知らなかったらしい。


住所や電話番号を伝えても上の空、ナビもついているのに使わない。

それってプロ意識?

実は使い方を知らないだけ?


かなり遠回りをした挙げ句、近所でウロウロしていた様子。

途中で料金メーターは停めたそうだが、気分が悪いものだ。


「それでもプロか?」

というクレームの電話を入れようか迷ったが、

実はこの種の話は、枚挙に遑がない。


以前も、中陰参りに京都から7回通われた女性が涼しい季節にも関わらず、

毎回大汗をかいてこられるので「駅から歩いておられるのですか?」と尋ねると

駅からタクシーだという。

迷った挙句、ヘンなところで降ろされましたとのこと。



読者に断っておくが、西光院は秘境ではない。



タクシーの需要が少ないこの地域で走っている車があるだけで上等だと思うし、今どきベテランなどいないことは知っている。


ナビがあるなら使えばいいのに。

今どきスマホもあるのに。

この時、ドライバーは「知らない場所に行くので」と素直に断りを入れて、

「道を教えてください」「一緒に探してください」という協働を促す姿勢を取るべきだ。

プロなのに道を知らないで、善後策を取らないなら運賃を取るべきでない。



何してんだ!?と怒りがこみあげてくるのを、ま、西光院は観光寺院じゃないから…と必死に自分に言い聞かせる。

昔のタクシーならそんなことはなかっただろうか・・・と呟いて、刹那。

記憶が蘇る。



いまから40年ほど昔のこと。

昭和の末、先々代の忠興和尚の時代、7月18日の観音さまのご縁日。

19時からの法要に先立って、18時から子ども向けにお話やゲーム、映画の時間が設けられており、毎年20名前後の子どもが集っていた。

そのコーナーは、長年自坊でも子ども向けの教化活動をしていた私の父が請け負っていた。

父は交通機関を使って、勤務先の学校からギリギリの時間に直行するため、当時小学生であった私が自坊からタクシーを使って重たい映写機をさげて合流する手はずだった。

 

ところが、である。

迎車で来たタクシーのドライバーが、小学生である私を載せて走り出した後、

「竹内のサイコインってどこや?」と言う。


初めて独りで行くのに子どもが車の道を案内できるわけがない。


ヤクザなドライバーだ。

かなり遠回りしていることが子どもでも分かった。

当時、山麓線(県道30号・香芝御所線)はまだない。

田舎道をくねくね抜けていく。されど遠回りしているのは分かる。


その挙げ句、国道166号線をひたすら西へ登って、峠を超えようとしている。

キョロキョロ外を見て「これ行き過ぎてます」と言う少年の声を無視。

よほど経ってから、「兄ちゃん、このまま行ったら富田林とか、●*%&$△あたりへ行くで?」と言う。


せやから「ちゃう」って言うてるがな。


だいたい、本当に場所を知らないのなら、

➀無線で本部に聞きながら行く

②迎車の時点で私の母親に聞く

③人気のある所で道行く人に聞くか、集落で民家に入ってでも場所を聞く

どれかできたはずだ。


少年の「今来た道を戻ってください」に舌打ちで返事をしたドライバーが、荒っぽくスピードを出して、竹内峠名物のカーブに危うくハマりそうになって、慌ててハンドルを切りながらまた舌打ちをした。


反対から見ると竹内の神社の前で集落に入る道が見つかり、

「たぶんここを入ると思います」をドライバーは上の空で聞きながら、

「こんなんだいぶ手前やったがな」とエラそうに怒る。


旧街道筋の見覚えのある家の前で

「ここでいいです!」と停めてもらい、2,820円を払ったのを覚えている。

今なら5,000円以上払ったことになる。

この人、最後までメーターを止めなかった。


子ども会の時間は半ばを過ぎていたが、そこから準備してアニメ映画も上映した。

父も忠興和尚も苦笑いするしかなったのだろう。



それでもプロ?

いや・・・

土地勘のない子どもでも、こいつは何をしてるんだ?と思った。

それを仕事にしている大人の道の迷い方とは思えぬ愚行だった。


当時も近くの駅前に彼らの営業所の一つがあったことを思えば、

あれは「蜘蛛駕籠」だったのではないだろうか。

それも宿場の名物として、苦い経験だったと笑うべきなのか?



 
 
 

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